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あらゆる事柄に関するレビューログ。 #kaibaricot
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1968年。新藤兼人監督。佐藤慶。中村喜右衛門。もちろん乙羽信子。太地喜和子


こないだ、NHKで太地喜和子のドキュメンタリーを見ていたのです。
タイトルは「サヨナラ、幸せは私には必要ではない」

太地喜和子は伝説的女優で最期は事故死。
前々から詳しく知りたかった女優さんなので、注目していました。
特に三国連太郎との恋は有名です。
そしてタイトルのこの言葉がグッとくるのです。

自分の追求すべき人生というものが
この頃ようやく見えかかってきた私にとって、
この言葉は非常に重要な響きをもって訴えかけてきました。

この言葉は私の様々な琴線に触れる。

例えば、大分前に雑誌、婦人公論で
いつも大石静さんのエッセーが載るのですが、
そこで、自分は作品を生んできたから、
子供はいないけど満足している、
というような趣旨の事を述べておられたこととも
私の中では関わりを持つ。
(記憶なので、若干歪めているかもしれませんが…)

「幸せ」とは複雑かつ単純なものです。
その上、人によって意味が異なる。
しかし、太地さんの言う「幸せ」が何を指しているか、
おおまかなところは私にもわかる気がします。
私自身も、太地さんの言う「幸せ」を捨てていた。
それは単純に個人の志向の問題だと思うのです。

その「幸せ」を捨てたからといって
不幸なわけでは決してない。
不幸の幸福ということもあるし、別の幸福もある。
何かを得るためには、必ず何かを捨てないといけない。
選択しないといけない。
自分にとって、愛する者を含む自分たちにとって、
何が最善の答えか、常に出来る限り早く選択しないといけない。

それでも時々は選ばなかった方の選択肢が、
とても目映く見えるものです。
でも、太地さんはひどく潔い。そこが凄く好きなのです。
寅さん映画で太地さんがヒロインの話も好きだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さて、本作は新藤兼人監督の作品。
言わずと知れたご存命の大監督です。

新藤監督作品も多数見ましたが、この作品は小品にして佳作。

個人的には
永山則夫事件の『裸の十九歳』
瀬戸内の島を舞台に一切の台詞を廃する『裸の島』
吉村実子の傑作『鬼婆』
等が特に印象の強い監督です。

この映画は『鬼婆』に似ている。
溝口の『雨月物語』とかとも近い、
典型的な、物の怪ものです。


戦の悲惨さは、日本人には古来から
このような形でわかっていたのだな、
とふと思いました。
なにも第二次世界大戦から悲惨さを引き出してこなくてもよい。
もっと前から、みんな戦争の凄惨さはわかっていた。
日本だけではない。
ベルイマンの映画からもわかる。
『処女の泉』『第七の封印』などから。

それが各国によって、
別々の形で伝えられているのだなあと思いました。


正月休みに、どうでしょう。


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海馬浬弧
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自己紹介:
言語学者、哲学者、文学者、サイバネティック学者である、
海馬浬弧による本、映画、アニメ、音楽、その他、
あらゆることに関するレビューログ。
私生活については一切書きません。7カ国語堪能。
独断と偏見に充ち満ちているため、不快に思われる方もいらっしゃるでしょうが、これも現代の歪みの一つだと思って、
どうかお許し下さいませ。
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