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あらゆる事柄に関するレビューログ。 #kaibaricot
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安部公房再読計画。

ドナルド・キーンさんの解説が素晴らしい。


安部公房はつくづく、ありふれた光景を描くのが非常に上手い。
散文的な風景を、どこか微妙にひねくれた散文で語り出す。
それは自己陶酔しているような文章では決してなく、
自分も散文的風景の一部であるかのような文章なのだ。

たぶん安部公房は、
はじめて我々の通勤の道を超現実的に描写した人物だ。
誰がこの日常極まりない、
アスファルトの慣れきった道程を描写しただろう。

美しい自然とか、とても近代的な未来都市とか、
そんなアプリオリに特別な風景ではない。
いかなる形容詞も付加され得ない、典型的な日常風景を
執拗に描くのである。

もちろん登場人物もありふれている。
『箱男』『密会』と同様、主人公に名前はない。
なぜなら、名前がある必要がないのだ。
残酷なことを言えば、
現代に生きる我々のそのほとんどが、
名前が有る必要がないし、実際に名前がない。

名前がないということは、
すなわち、安部公房はまず主人公の自同律をなくして、
そこから書き始める。


仮に、私が今日死んでも、
世界はなんの傷手も負わないだろうし、
現に、いまこうしている時も誰かが死に生まれ、
泣き叫んでいるに違いない。

新聞やテレビで報道される死はごく一部に過ぎず、
死の多くは、統計学へ吸収されるだけだ。
みんながツイッターで追悼するのは、
選ばれた人の死に過ぎない。
その上、選ばれた人の死でさえも、
我々は日頃の忙しさにかまけて次の週末には忘れるだろう。


私の存在も、
私的な側面を排除し、社会的な側面でのみ言えば、
十分別の誰かで埋め合わせできる。


安部公房は、この埋め合わせできる人物を描き出す。
日常という背景から、
じんわりと浮き出てくるように「描き出す」のである。


『燃えつきた地図』はそんな小説群の中でも、
もっとも典型的な作品の一つだ。

ごく普通の会社に勤めるサラリーマン(営業)がある日忽然と失踪する。
そうして失踪した夫を探してくれという妻の依頼を受けた、
興信所の男が主人公。
彼は、失踪者を探すうちに、手がかりを失い、
自分自身も都会の中に迷い込み、もはや帰り道がわからない——
地図を失ってしまうのだ。

そんな彼が最後に下す決意は、とても詩的で感動的である。
しかも悲壮な決意だ。


人間はその多くが別の誰かで埋め合わせがきいてしまう。
あるいは、その人がいなくても、成り立ってしまい、慣れてしまう。
けれども、本当にそうだろうか?という疑問、
この確固たる日常はなんなのか?という疑問から、
安部公房は書き始めた希有な作家です。


案外こういった問いの中にこそ、
あまりに現実的だからこそ、
みんな無視しているような、「超」現実がある。
それはシュール(sur)レアリスムではなくて、
現実を超える何かではなくて、
今の口語表現でいう「超」現実的な、
みんなが気がつかずにやりすごしている、
人間存在のはかなさである。


安部公房と三島由紀夫は本当に対照的だ。
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海馬浬弧
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自己紹介:
言語学者、哲学者、文学者、サイバネティック学者である、
海馬浬弧による本、映画、アニメ、音楽、その他、
あらゆることに関するレビューログ。
私生活については一切書きません。7カ国語堪能。
独断と偏見に充ち満ちているため、不快に思われる方もいらっしゃるでしょうが、これも現代の歪みの一つだと思って、
どうかお許し下さいませ。
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