あらゆる事柄に関するレビューログ。
#kaibaricot
今回より、いつものレビューに戻します。
今年から2〜3年は私の中でSF年と決めているのですが、
60年代後半から、70年代にかけて登場した、
SF界のニュー・ウェーブの旗手ともいえる、ディレイニーの『ノヴァ』について。
本書はディレイニーの最高傑作、SF界の金字塔とも言われている作品です。
以前、ディレイニーの傑作『バベル17』についてちらっと、
このレビューログで触れたことはあります。
1966年にネビュラ賞を受賞した本作は、
謎の宇宙言語『バベル17』に挑むという、
これまでと全く異なる形態のSFを展開し、
私は少なからず影響を受けました。
そして、『ノヴァ』を読んでみて、
やはり彼の言語そのものに対する知識の深さ、
思い入れを強く感じました。
ディレイニーは必ずしも、
とっつきやすいSF小説家ではありません。
まず物理的問題がある。
彼は実は単なるSF小説家ではなく、
かなり雑多な種類の文章、純文学、ミステリー、
評論などを書いている重要な作家なのですが、
そもそも翻訳されていないものが非常に多い。
とりわけ重要な近未来小説『Dhalgren』(1975)などは、
大長編のせいもあってか、いつまでたっても邦訳が出てこない。
また、彼の仕事に対する学術論文の数も少なくありません。
つまり重要な作家として捉えられているということなのですが、
それゆえに、難解なものも結構ある。
『ノヴァ』も読解不可能という評価があったようですが、
なるほど、確かに難解で、私もかなり苦戦しました。
わけがわからないんですね。
特に、わけをわからなくさせているのが、彼の文体です。
プレアデス方言なる、独特の倒置法を縦横無尽に使っているため、
読解が難しく、理解に時間を要します。
つまり、
Where did you find this ? という英語の疑問文を、
Where did you this find ? としているわけ。
こういった英語の通常のグラマーを無視した、動詞と目的語の倒置や、
ほかにもいくつか厄介な倒置があるようで、
翻訳された伊藤典夫さんもかなり苦労された様子。
だって、この疑問文には日本人としては非常に厄介な問題に直面します。
上記の二つの文を、そのまま語の順番通りに訳すと、
どこであなたは見つけたのこれを?
どこであなたはこれを見つけたの?
となり、つまり、英語で不自然であるはずの倒置が、
日本語になると自然になってしまう。
英語はSVOの文型であるのに、日本語はSOVだから、
この倒置は倒置にならないわけです。
そこで、伊藤さんは、
「どこかな見つけたと、これ?」と訳している。
(なんか北九州っぽい方言でしょう?)
実はこんなのはまだ易しい例で、かなり複雑な倒置が原文では起こっており、
特に否定文には相当手を焼いた模様。
私はいくつかの例を本書の末尾に付せられた「小論」で知ったのみで、
原文にはあたっていません。
「小論」と書いた理由は、「解説」にしては長く、
且つ、しっかりと本作が「『ノヴァ』、秩序、神話」
という題名の下、論じられているからです。
以上のような文体のため、日本語としても、
なかなかに読みづらく、いったい何の話をしているのか、
よくわからなくなる。
その上、作者による聖杯伝説とタロットカードに関する、
豊富で深遠な蘊蓄が重なり、難解さに磨きがかかる。
かてて加えて、出てくる未来の世界観や物も、
ディレイニー流の詩的な物が多く、
私の想像力では追いつけない部分もある。
その最たる物が「感覚シリンクス」とかいう、楽器であり武器。
これは本作の中でも一番大切な物なんですが、こいつが一体、
どれほど甘美な三次元を奏でているのか、
わかるようなわからないような。
しかし世界観は、『バベル17』を読んだ身としては、
なんとなくわかる。
興味深いので少し話すと、
アシュトン・クラークなる哲学者が25世紀あたりに登場して、
彼が、パソコンの画面を操り仕事をすることと、
衣食住が乖離しすぎているという、まあ、
ある意味古典的な論を展開するわけです。
農耕や狩猟は、働く=衣食住=生きる、であったが、
パソコンの登場、支配によって、
単にお金のために働くことになってしまい、
労働の意義が希薄になってしまったと。
それだけなら誰でも言ってることの気がするんですが、
アシュトン・クラーク氏のすごいところは、
じゃあ、働く=実のあること、にすればいいと、
なんかソケットとかいうのを、共同開発するんですね。
これにより、みんな、そのソケットを機械に繋ぎ、
機械と一体化し、機械の感覚を取り込み、
働いたという達成感を与えるのに成功。
右足で工場全体のベルトコンベアーとなり、
目で工場全体を見張るというようなもの、らしい。
これはアニメで言えば、だぶん、エヴァンゲリオンの何号機とかが、
乗っているパイロットの思うように動き、痛みなどを感じる、
みたいな考え方でしょうか。
(私はエヴァンゲリオンについてよく知らないので、
間違っていたらすみません・・・)
『ノヴァ』の世界は、つまりはこのソケット社会なわけです。
・・・・とにかく一筋縄ではいかない小説だし、長いので、
そんなにおすすめできるものではないのですが、
スペース・オペラの頂点を極めた、超大作であることには間違いなし。
その独特でこだわりぬいた世界観と、各世界の関連には、
ディレイニーの想像力に脱帽するしかありません。
とてもパワフルなSFです。とても。
ディレイニーは本当にエネルギッシュな作家だと思う。
クラークやアシモフ、ブラッドベリとかディックとは全く異なるタイプです。
想像力がついていかない部分も少なくないのですが、
執念というかそういう勢いもあり、なかなか魅せられます。
SFでは必読書ですので、ぜひ。
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海馬浬弧
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自己紹介:
言語学者、哲学者、文学者、サイバネティック学者である、
海馬浬弧による本、映画、アニメ、音楽、その他、
あらゆることに関するレビューログ。
私生活については一切書きません。7カ国語堪能。
独断と偏見に充ち満ちているため、不快に思われる方もいらっしゃるでしょうが、これも現代の歪みの一つだと思って、
どうかお許し下さいませ。
リンクは才能豊かな知人の方々なので、ぜひ。
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