あらゆる事柄に関するレビューログ。
#kaibaricot
オースターを初めて読みました。
安部公房とかベケットに似ていると言いますが、
少なくとも安部公房よりは大分おしゃれ。
だって舞台がニューヨークだし。
安部公房はもっとださいのよ。
そこがいいの。
もっと庶民臭く、もっともっと無名な人について書いているのです。
ロマン主義が終わった後の現代文学は、
もっと庶民的なことを題材とした小さな物語が多い。
現代のあたりまえのような日常生活の繰り返しとその不安。
空虚、無意味。
顔とか名前とか。
そういうことが問題にされる。
『幽霊たち』では、主人公の名前はもとより、
登場人物の名前はすべて「色」です。
主人公はブルーで、あとはブラックとかホワイトとかブラウンとか。
非常に曖昧な名前が用いられている。
個性の全くない名前。どこにでもいるような人物。
そんな、どこにでもいる、私でもあり、あなたでもある人物が、
ひょんなことから巻き込まれる不可思議な事態。
「私」は否応なく「私自身」について考えさせられる。
日々の忙しい生活から脱文脈化され、自分自身と向きあわさせられる。
主人公のブルーは私立探偵です。
しかしこれは何も起こらない探偵小説です。
ブラックを見張り続ける仕事につくも、
彼が探偵するのは、自分自身なのです。
様々なアメリカ文学の固有名詞が出てくるので、
そういう意味では、小さなアメリカ文学指南書にもなるでしょう。
短いので気分転換にでもどうぞ。
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ようやく読み終わりました、
599ページが本文、解説を加えると600ページを超えてきます。
力作長編『贋・久坂葉子伝』
富士正晴は今ではあまり知られていない作家です。
ですが、例えば三島由紀夫の『花ざかりの森』の刊行に奔走したのは彼ですし、
島尾敏雄たちと同人誌『VIKING』を創刊したのも彼です。
力作と呼ぶにふさわしい。
なかなか読み終わらない。
想いが重い。
埴谷雄高はこの作品について、「牛刀をもって鶏を断つ」と評したとか。
つまり、久坂葉子という人間は鶏に過ぎず、
そのような、言ってみれば「小物」のために、
1000枚を超す原稿用紙をもってして書く必要があったのかという揶揄です。
私個人的には、久坂葉子という実際に存在し、21歳で自殺してしまった、
伝説的女性を描くのには牛刀をもってしないといけないと思いますが。
久坂葉子は、富士正晴が言うように、
現代女性の象徴的存在なのです。
50年以上経った今でさえそうなのです。
彼女は、彗星のごとく現れ、1952年の大晦日、
阪急六甲駅で梅田行き特急に飛び込み自殺を遂げました。
享年21歳。
本名、川崎澄子。
神戸の中でも名家中の名家、川崎重工の家庭に生まれました。
『ドミノのお告げ』では芥川賞候補にもなりました。
ある意味、恵まれすぎている彼女なのに、なぜ死なないといけなかったのか。
公私ともに関わりがあり、師匠的存在であった富士正晴は、
久坂の死後、彼女の選集を刊行しようとしますが、
彼女の両親、特に父の反対にあい、それではいっそ、
久坂のことを「贋伝記」という形で自分で書いてしまおうと思い、
『贋・久坂葉子伝』を書き始めます。
この「贋伝記」という発想、これが非常に面白いと思います。
そしてその「贋伝記」の中に自分自身も登場人物として出てくる。
これはヴァージニア・ウルフの『オーランド』の手法を借りてきたとか。
自分自身さえ登場する小説。
あまりにも本当のことを書きすぎている。
それは久坂葉子自身、死の当日書き上げた『幾度目かの最期』で、
本当のことしか書かない、というぎりぎりの心境と同じです。
とはいえ、『贋・久坂葉子伝』はそれでもなおフィクションなのです。
これは、日本でも屈指の、というか私の考えでは唯一の、
「本物の贋物」です。
マリリン・モンローが自分のことを「私は本物の贋物だ」と言っていますが、
まさにそれです。
このギリギリの久坂葉子伝は、誰も傷つけずにはおかない。
登場人物はすべて実在する人物。
もちろん名前は変えられているけれども・・・
読者さえ彼女の傷を追体験させられる。
久坂が書いた文章・手紙類はそのまま引用され、
徹底的に書き込まれる久坂葉子。
これこそ真の研究です。
本当の研究とはすなわち解釈することではなく、
経験することなのです。
三人の男の間で揺れ動き、痛めつけれられ、苦しみもだえる久坂葉子。
度重なる自殺未遂。
女太宰と言われ、『幾度目かの最期』は確かに、甘ったるい文体です。
感傷と自己否定と呪詛に陶酔している。
しかしこの陶酔はなぜか嫌ではない。
それは単純に久坂葉子が綺麗だからです。
太宰がかっこいいように。
それは大切な資格です。
さて、富士正晴は、様々な時や、幻想や現実を交錯させつつ、
ある意味かなりたくさんの手法や文体を用いて、久坂葉子に肉薄していく。
特に痛ましいのは自殺当日の大晦日で、
周りの人々は彼女の決意を読み取って、
なんとか大晦日の時間を削らそうと苦心惨憺するも、
逃げられ、自殺を許してしまう。
これほど、一分一秒を過ごすことが、生きることにつながるとは。
誰かと一緒にいること、話している間は、少なくとも死にません。
そういう時間の積み重ねの失敗。
自殺は確かに一種のタナトスというのを認識させられるし、
それに対して私たちができることは、いかにも少ない、
少ないが大きい、といったことを感じさせる力作長編。
これを読まれる方はぜひとも神戸という町を知ってから読んでください。
成田良悟原作『デュラララ!!』
今回はアニメ版について。
語ること、いと多し。
傑作アニメです。
2010年の春アニメの中では、ネット上の評価でも1、2を争っています。
どこから話そうかな。
まず、基本的な情報から。
原作は電撃文庫でバカ売れを飛ばしている、
成田良悟先生の『バッカーノ』に続く作品。
そもそも、この出版不況の中、ライトノベル業界だけは活況なんですね。
たとえば、谷川流先生擁する、『涼宮ハルヒ』シリーズは、
角川スニーカー文庫です。
アスキーメディアワークスの電撃文庫には当たり作が非常に多い。
次に、二次的情報。
最近のアニメは、最後にびっくりマークがついている。
「!!」てな具合に。
ちなみに2010年春アニメの上位三つにも、
すべて「!!」がついている。びっくりマーク二つ。
ここかわらわかること、
世の中は、タイトルで、どんどん押していかないといけないということ。
内容。
『デュラララ!!』は池袋を舞台とした骨太群像劇です。
これから見る方もいっらしゃると思うし、
ぜひ見て欲しいので(「アニ速」あたりで簡単に見れます。アニメ検索サイトね)、
多くは語りませんが、
ある意味、基本である、「謎が謎を呼ぶ」をきっちりおさえたアニメです。
私にとって、アニメの重要な要素は、
ある程度、現実を舞台にしているということです。
大人なので、そうでないと見れない。
ロボットとか出だすと見る気失うの。
エヴァンゲリオンとか、ああいうひ弱なアニメは、見続けられなかった。
池袋の街をかなりのレベルまで忠実に再現。
私は池袋在住なので、「あっ、ここはあそこだ」っていうのがすぐわかる。
一応、現実世界を舞台としつつも、そこに非現実的要素があるということ。
それきっかけで、この物語は加速します。
非現実的要素、それはタイトルにも出ておりますが、
デュラハンが池袋にいる、ということなのです。
FFシリーズをしたことのある人は、デュラハンがいかなるものかご存じでしょう。
さらに、池袋の基本的な条件(どういう街かということ)もしっかりとおさえつつ、
主に東口を中心に物語は進んでいく。
はじめはひっそりと、半ばは加速して、後半は怒濤のごとく。
緩急のつけかたがうまい。
いずれも関係のないような個々の人物の話が、
最終的には収斂し、一つの大きな物語になってくる。
そのカタルシス。
個人的には、私の住む西口ももっと扱って欲しかった。
池袋最強、それは私です。
私もダラーズの一員です。
地方に住む田舎者たちは、
池袋は凄いところだって思ったに違いない、
ここ最近まれにみる、面白いアニメ。
オタクでなくとも楽しめます。
第1期のOP曲がまたいいのです。
昔からあるバンド、シアターブルックの曲です。
1970年、Wishborn ash のファーストアルバム。
傑作です。
ファーストにして代表作。
これほど完成度の高い、ハードロックバンドはなかなかないです。
確か、だいぶ昔、高校時代に読んだ、
元ロッキン・オン編集長の渋谷陽一さんの選ぶ、ロックアルバムの中に、
このアルバムが入っていた、と思う。
Wishborn ash はとにかくまとまりがいい。
だから心地いい。
「完成度が高い」という言葉が一番合う。
彼らのサードアルバムである、
「Argus」はかの有名なヒプノシスがデザインを手がけたこともあり、
ロック史上に残る名盤と名高い。
メロディー・メイカー誌でもアルバム・オブ・ザ・イヤーに選ばれております。
しかし、私はあえて、ファーストアルバムを推したいの。
最後の曲の「フェニックス」はイントロから、がつんときます。
ツインギターを駆使し、プログレとカントリーの影響を、
ハードロックに見事に昇華させた名盤。
私が1番好きなのは、70年代です。
最近、私が、最も好きな人は、間違い無く渡辺陽一さんです。
ここに来て急にテレビ番組に多ご出演されるようになりました。
彼を見いだしたのは、千原ジュニアです。
ジュニアの金曜の深夜番組『笑撃ワンフレーズ』に、
渡辺陽一さんが出演するようになってから、さんまさんにも気に入られ出した。
だって、渡辺陽一さん、めちゃくちゃ面白い。
なんなんだろう、この話術は!?
ゆっくりと、しかし淀みなく、確実に発せられる言葉。
独特の区切りと、語っているときの表情と仕草と。
もう彼が話し始めただけで、おかしい。
これはもの凄い語り口です。
殺しの語り口です。
戦場カメラマンという肩書きも、これは真実なんですが、
それも彼のおもしろさに一役買っている。
戦場カメラマンゆえに経験豊富で、様々な経験談が出てくるし、
それを語るときの絶妙すぎる話術。
この人は、明らかに頭がいい。
これだけ噛むこともなく、情景がわかるように、
はっきりとしゃべる人、なかなかいません。
ぜひ、今後の渡辺陽一さんに注目して下さい。
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海馬浬弧による本、映画、アニメ、音楽、その他、
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私生活については一切書きません。7カ国語堪能。
独断と偏見に充ち満ちているため、不快に思われる方もいらっしゃるでしょうが、これも現代の歪みの一つだと思って、
どうかお許し下さいませ。
リンクは才能豊かな知人の方々なので、ぜひ。
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